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鹿児島地方裁判所 昭和56年(ワ)690号 判決

原告

川俣實隆

右訴訟代理人弁護士

松村仲之助

柿内弘一郎

被告

日本アクアラング株式会社

右代表者代表取締役

上島章生

右訴訟代理人弁護人

中垣一二三

針間禎男

竹岡富美男

綿島浩一

右訴訟復代理人弁護士

藤本裕司

主文

一  被告は原告に対し金三四一三万八五五一円及び内金三一一三万八五五一円に対する昭和五六年一一月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の右一は仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し五六七五万五一七〇円及び内金五一七五万五一七〇円に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原、被告間の売買契約

(一) 原告は潜水器具の販売、潜水作業及び潜水講習を業とし、被告は潜水防具、潜水安全用具等の研究・修理・輸入・販売等を営業目的とする専門会社である。

(二) 原告は、昭和五一年四月、被告九州支社(当時営業所)から、米国ユーエス・ダイバース社(以下「US社」という)が開発し、被告会社が輸入新発売した残圧計(空気残量計)(以下「本件空気残量計」という)一個を一万二六〇〇円で購入した。

(三) 本件空気残量計は、圧縮空気タンクに装着する自動調整呼吸器に装着し、その指針の指示する目盛によって、タンク内の空気圧(量)を確認できる仕組になっている。

2  本件事故

(一) 原告は、昭和五一年一〇月二七日、鹿児島県指宿郡喜入町中名字上ノ浜二八五六番五所在の日本石油株式会社喜入原油基地第三バース(棧橋)海中において、本件空気残量計を装着済みの自動調整呼吸器を圧縮空気タンク(一三五気圧圧縮空気入り、容量一四リットル)に装着した自給式潜水器一式を装備して潜水中、本件空気残量計の欠陥により減圧症に罹患する事故にあった。

(二) 即ち、原告は右石油基地からの依頼により、同日午前一〇時頃から同基地第一バース海中において(第一回目)、次に同日午前一一時頃から同基地第四バース海中において(第二回目)、右自給式潜水器一式を装備潜水して、船舶接岸速度計の定期点検調査作業を実施した。

(三) 原告は、同日午前一一時一七分頃、第三バース海中において(第三回目、本件事故時の潜水)、同じ装備をして、同様の作業をしていた際、作業道具を水深三四メートルの海底に落下させた。原告は、海底まで達し、本件空気残量計の一二〇気圧の指針により、圧縮空気タンク内の空気残量を確認し、作業道具の発見に努めた。

(四) 原告は、同日午前一一時五四分頃、本件空気残量計の異常を発見したが、その時には既に圧縮空気タンク内の空気は、残り僅かであった。原告は、浮上減圧の措置をとる時間的余裕もなく、窒息死を回避するため、やむなく浮上減圧をしないまま、同日午前一一時五八分頃浮上し、減圧症に罹患した。

3  責任原因

本件事故は、一定の水深以下になると本件空気残量計の表面のガラスが水圧によって内側に圧迫されて指針を押え付け、圧縮空気タンク内の空気残量を正確に指示しなくなるという本件空気残量計の根本的欠陥に起因するものである。被告は、原告との売買契約に際し、本件空気残量計の安全性を確認することなく、漫然とこれを売渡し、本件事故を招いたものである。

よって、被告は原告に対し、不完全履行による損害賠償として、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

原告は本件事故により次の損害を被った。

(一) 入院諸雑費 七七万二七九四円

九州労災病院

51.10.28〜53.4.29

埼玉医科大学付属病院

53.10.11〜53.10.26

53.12.4〜53.12.19

54.4.16〜54.4.21

(二) 入院付添費用 一〇七万円五〇〇〇円

51.10.28〜52.5.31の二一五日間、日額五〇〇〇円

(三) 休業損害 八五六万六六〇〇円

年収三五四万四八〇〇円(賃金センサス昭和五二年第一巻第一表、高卒平均賃金)、休業期間二九月

(四) 後遺障害による逸失利益 五四九四万四四〇〇円

年収三五四万四八〇〇円、両下肢機能全廃(一級)(労働能力喪失一〇〇%)、稼働期間二四年(ホフマン係数15.5)

(五) 傷害慰謝料 六〇〇万円

(六) 後遺障害慰謝料 一五〇〇万円

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

5  結び

よって、原告は被告に対し右損害合計九一三五万八七九四円の範囲内で五六七五万五一七〇円及び弁護士費用を除く損害五一七五万五一七〇円に対する訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめる。

二  請求の原因の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2、3の事実は否認する。

(一)(1) 被告は、昭和四九年から今日に至るまで、US社から同社製空気残圧計を輸入し、国内で販売している。同社は、製造した全空気残圧計について高圧下での機能試験を行ったうえ出荷している。被告も、輸入した全空気残圧計について通常圧力下での動作試験及び一部製品(一〇%)につき抜取り検査として四ないし五気圧の水圧(水深四〇ないし五〇メートルの水圧に相当)下での動作試験を行って、正常に動作することを確認して出荷している。本件空気残量計も、右各試験を経たうえで販売されたものであり、欠陥はない。

(2) 本件空気残量計は圧力検知部にスパイラル管式のブルドン管を使用している。スパイラル管(チューブ)は、断面が偏平な金属管を渦状に巻き、渦の中心部を閉鎖端、渦の外辺端を開口端とした特殊なブルドン管である。本件空気残量計の構造は、スパイラル管の開口端を圧力計本体に固定し、渦の中心にある閉鎖端を指針の心棒に直結し、管内に加わった圧力により渦がほどけるように変形する動きを直接指針に伝達して圧力を指示させる仕組になっており、一般のブルドン管圧力計のように指針の心棒の後部に軸受を設置していない。このため、指針の前後への動きは自由であり、前面アクリル板と指針最前端との間は約1.25ミリメートル、指針最後端と文字板との間は約1.75ミリメートルの間隔が存するから、指針は前後に約三ミリメートル自由に移動しうる。したがって、仮に水圧により前面アクリル板が圧迫され指針と接触しても、指針は後方へ約1.75ミリメートル後退する余裕を残しており、指針の動作が制限されることはない。

(二)(1) 原告は、本件事故の前日である昭和五一年一〇月二六日からその翌朝にかけて大量の飲酒をしたうえ、ほとんど睡眠をとらずに極めて体調の悪い状態で、潜水作業に従事した。第三バースでの作業を終了した後、右体調にもかかわらず、娯楽のため付近の海底で水中銃を用いて魚介類を採取したが、途中誤って水中銃を海底に落下させ、その捜索のため海底に潜水した。

(2) 原告は、捜索中劣悪な体調のため、窒素酔いを起こして意識を失い、海底で携帯中の全空気を消費し、酸素不足の状態に陥ったが、その後意識を回復し、あわてて浮上した。

(3) 浮上後、船上で体内の酸素不足のため再度意識を失い、救急車で病院に搬送されることになったが、途中で意識を回復し、自らの症状を勝手に減圧症と判断し、自宅に回送させた。

(4) 原告は、当時購入直後で使用方法に習熟していない小型再圧タンクを使用して、妻、事務員らに指示して操作させ、素人療法による再圧治療を試みた。右治療に際し、右操作者が加圧用ボンベを右再圧タンクの排気バルブに接続するという操作の過誤及び加圧用ボンベの不足から、再三、ゲージ圧3.4気圧から一気に大気圧まで減圧するという非常識な減圧を繰り返し、そのため減圧症に罹患した。

原告の現在の症状は、水中における酸素欠乏による麻痺及び右無謀な加減圧を反復したことによる減圧症の複合したものである。

(5) 仮に右窒素酔いによる意識喪失がなかったとしても、原告が減圧措置なしに浮上した事実と本件空気残量計とは何の関係もない。即ち、原告は作業効率をあげて水中銃を捜索するため意図的に使用できる全空気を使用したものである。

3  同4の事実は不知

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故の発生及び損害の発生・拡大について、原告に次の落度があるので、過失相殺をするべきである。

(一) 安全な潜水方法からの逸脱

(1) リザーブバルブの不使用

原告が使用していた圧縮空気タンクにはリザーブバルブが装置されていた。したがって、原告がリザーブバルブを作動させてさえいれば、タンク内の空気が少なくなって一定の圧力以下になった場合に自動的に給気がとまり、原告はこれを知り、レバーを操作することにより残気を用いて安全に浮上することができた。しかるに、原告はリザーブバルブを作動させていなかった。

(2) 無計画な潜水

原告の作業は、もともと水深三ないし四メートルの浅深度で行うものであったのであり、これに応じた潜水計画が立てられていた。しかるに、原告は予定外の水深三四メートルまでの潜水を突如行おうとし、海面上の連絡員にもこれを告げず、無計画に右深度の潜水を行なった。更に、原告の潜水計画においては、浮上時の減圧を要しない潜水であった。したがって、潜ったとしても、浮上減圧を要しない時間の範囲内で浮上を開始するのが常識である。右の浮上減圧を要しない時間は約一五分間であったから、一五分経過後には、空気残量の多少にかかわらず浮上を開始すべきであった。しかるに、原告は、右時間経過後も更に約二二分間も水深三四メートルにとどまっていた。

(3) 二名潜水の不励行

危険防止のため二名で潜水するのが原則である。原告はこれを励行していない。

(二) 危険の判断方法の不適切

仮に、本件空気残量計の指示する空気残量が正確でなかったとしても、次のとおり、原告が危険を察知し、本件事故を未然に回避することは容易であったのに、危険の判断方法が不適切であった。

(1) より早期に本件空気残量計の異常を察知できる。

原告は、第二回目の潜水において、一四リットル、一三五気圧の空気タンクを使用して、水深三ないし四メートルのところで七分間の潜水作業を行ない、同一の空気タンクをそのまま本件事故時の潜水作業に使用したのであるから、本件事故時の潜水開始時には空気タンクの空気残量は約一二〇気圧になっている。原告は、本件事故時の潜水開始の約一五分後に指針を確認したところ、一二〇気圧を指していたという。水深三四メートルに約一五分間も潜水しておれば、指針は九〇ないし八〇気圧を指しているはずであるから、この時点で異常を察知すべきである。原告は、更に時間を経過した後に二度目の確認をして指針が一二〇気圧を指していても異常を察知せず、水深三四メートルに潜行してから約三七分後の三回目の確認時に初めて異常を察知しており、異常発見遅滞が明らかである。

(2) 空気残量のみに頼るべきではない。

潜水作業者は、潜水業務にあたり、安全確認のため、水中時計、水深計を携行すべきであるのに、原告はこれらを携行していない。

(三) 再圧室の整備・点検がなされていない。

再圧室の設備は一か月を越えない期間ごとに点検すべき義務がある。原告が、再圧室を使用したときには、再圧を実施するための十分な空気が用意されておらず、再圧を中断して空気タンクの到着を待つなどして、適正な再圧処置を講じることができなかった。原告の再圧室の整備・点検が適切に行われておれば、効果的な治療が可能になったはずであり、後遺障害を残すことはなかった。

2  損害の填補 合計三九〇二万一二〇三円

(一) 労働者災害休業補償金 三六〇万四四〇〇円

(二) 労働者災害補償保険年金(54.5〜平2.8.末) 二六〇三万一九六九円

(三) 国民年金(障害年金)(54.5〜平元.3.末) 九三八万四八三四円

三  抗弁の認否

1  抗弁1は否認する。

(一)(1) リザーブバルブは、空気残量計が普及するまでの過渡的役割を担った装置であり、空気残量計が広く実用されるようになった昭和四〇年代後半以降、その存在価値は急落し、本件事故当時は殆ど実用されていなかった。

(2) 潜水作業者は、空気タンク内の空気残量を基に、滞在時間と浮上減圧の時間を計画する。原告は、本件空気残量計の指針を視認しつつ、水中の行動を調節していたものである。

(3) 職業潜水士に、時と場所を問わず二人で潜水すべしとするのは実態と遊離している。

(二) 原告は、購入間もない本件空気残量計に全幅の信頼をよせていたものであり、被告は販売時のパンフレットに最高の品質を謳いながら、空気残量計にのみ頼るべきではないというのは、信義則に反する。

(三) 原告が可搬式の簡易再圧室を所有していたのは、当時鹿児島県に潜水病治療の施設が全くなかったので、不時に備え自己防衛のため購入したが、購入したばかりで、整備・点検を要するほどの間はなかった。再圧室使用の際、0リングが吹きとんで加圧に手間取ったのは、操作者の操作の不手際によるものであって、整備・点検の落度によるものではない。

2  抗弁2は認める。

第二  証拠〈略〉

理由

一原、被告間の売買契約

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二不完全履行、因果関係、責任原因

1  原告の行動

証拠(〈略〉弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

(一)  第一回目の潜水

原告は、日本石油株式会社の依頼を受けて、本件空気残量計を装着済みの自動調整呼吸器を圧縮空気タンクに装着した自給式潜水器一式を装備して、昭和五一年一〇月二七日午前一〇時頃から一〇時三〇分頃まで鹿児島県指宿郡喜入町中名字上ノ浜二八五六番五所在の同社喜入原油基地の第一バース海中において船舶接岸速度計の定期点検調査作業を実施した。

(二)  第二回目の潜水

次に、原告は、圧縮空気タンクを一三五気圧圧縮空気入り、容量一四リットルにして、同日午前一一時頃から一一時〇七分頃まで深度約五メートル海中の同基地第四バース海中において、船舶接岸速度計の定期点検調査作業を実施した。

(三)  第三回目の潜水、本件事故時の潜水

更に、原告は、引続き同圧縮空気タンクを使用して、同日午前一一時一七分頃、同基地第三バース海中において、潜水作業に従事した。その際、原告は、水中時計及び水深計を携行していたが、圧縮空気タンクのリザーブバルブを使用可能な状態に作動させていなかった。

原告は、先ず、深度約五メートルの海中で約五分間、船舶接岸速度計の定期点検調査仕上作業を実施した。原告は、右作業中の同日午前一一時二二分頃、作業道具を水深三四メートルの海底に落下させた。原告は、水深三四メートルの海底で、右作業道具の捜索作業をした後、同日午前一一時五八分頃浮上したが、減圧症に罹患した。

2  本件空気残量計の性状

証拠によると、次のとおり認定判断できる。

(一)  本件空気残量計は、圧縮空気タンクに装着する自動調整呼吸器に装着し、その指針の指示する目盛によって、タンク内の空気圧(量)を確認できる仕組になっている。圧力検知部にスパイラル管(チューブ)式のブルドン管を使用してある。スパイラル管は、ブッシュを介して目盛板上の指針と結合している。目盛板とスパイラル管は、ブッシュで一体化され、ネジ二本で残量計ケースに固定されている。スパイラル管は、残量計ケースに直接支持されておらず、中空に浮いた状態である。したがって、ネジで目盛板を残量計ケースに固定すると、目盛板はネジを締付ける方向と反対方向に動くことになる。このことは、指針頭とアクリルガラスの間隔が小さくなり、目盛板の反り方あるいは水圧を受けてのアクリルガラスの変形の仕方によっては、指針頭がアクリルガラスに接することになる。指針頭がアクリルガラスに接触すると、指針は正常な目盛指示をしなくなる(〈証拠略〉)。

(二)  本件空気残量計の指針頭とアクリルガラスの間隔は、水深〇メートル(大気圧)の時0.37ミリメートルである。しかし、潜水時においては、水深三四メートル(水圧3.4気圧値)で0.04ミリメートル、水深三八メートル(水圧約3.8気圧値)で指針頭とアクリルガラスは接し、それ以上の水深においては、指針頭は変形するアクリルガラスに押されて、指針の指示は正常でなくなる。浮上時においては、水深約三二メートル(水圧3.2気圧値)までは、指針頭とアクリルガラスは接しており、指針の指示は正常でない(〈証拠略〉)。

指針頭とアクリルガラスが接触すれば、指針の目盛の指示が正常でなくなるので、本件空気残量計は設計上に欠陥がある(〈証拠略〉)と判断できる。

(三)  本件空気残量計の鑑定時における水圧実験の結果は次のとおりである。指針の指示を残量計目盛五〇気圧まで圧力を上げて、水圧を〇気圧(水深〇メートル)から五気圧(水深五〇メートル)まで増加した後、水深五気圧のもとで残量計の圧力を徐々に降下させ、残量計の圧力を大気圧にすると、指針の指示目盛は〇となり、残量計は正常に作動した。しかし、指針の指示を残量計目盛五二気圧まで圧力を上げて、水圧を〇気圧(水深〇メートル)から6.7気圧(水深六七メートル)まで増加した後、水圧を6.7気圧のもとで残量計の圧力を徐々に降下させて大気圧にしても、指針は五二気圧の指示のままであった。続いて水圧を5.9気圧(水深五九メートル)に減じた時、指針は急に動きだし、残量計の目盛〇に戻った(〈証拠略〉)。

この水圧実験の結果から、本件空気残量計は、設計仕様上水深九〇メートルにたえられる(〈証拠略〉)はずであるのに、水圧約六気圧(水深約六〇メートル)以上では正常に作動しないことが確認できた(〈証拠略〉)。そうすると、本件空気残量計が、水圧実験の際、水深約三四メートルで正常に作動した(〈証拠略〉)のは、本件事故時の残量計の状態と各水圧実験の際の残量計の状態とが異なることによる(〈証拠略〉)と考えられ、水深約三四メートルの本件事故時に、本件空気残量計は正確に作動しなかったと仮定して見ても、客観的証拠と何ら矛盾しない。

(四)  本件空気残量計のアクリルガラス裏面には、同心円的な無数の凹み及び研磨のキズが認められる。凹みは指針頭とアクリルガラスの接触によって生じたものと認められる(〈証拠略〉)。また、残量計の指針の「バリ」「カエリ」がアクリルガラスに食込んで「かじり」という現象を起すことも窺え、水深約三四メートルで発生した指針のアクリルガラスへの食込みが水深〇メートルまで継続することもあり得る(〈証拠略〉)。

(五)  右認定判断を総合すると、本件空気残量計は、水深三四メートルの水中で正常に作動しない設計上の欠陥があり、このため、本件空気残量計は、水深約三四メートルの本件事故時に正常に作動しなかったと推認することができる。

鑑定人空閑忠雄の鑑定は、右判断を否定している。しかし、右鑑定は本件空気残量計に関し、本件事故時の残量計の状態と水圧実験の際の残量計の状態とが異なることが、結論に影響しないのかについての考察を欠いており、右認定判断を覆すに足りない。

3  原告による本件事故時の状況についての説明

この点、本件事故時の状況について、原告は、次のとおりのべている。即ち、二回目の潜水作業(圧縮空気タンク、一三五気圧圧縮空気入り、容量一四リットル)に引続き、同日午前一一時一七分頃、同基地第三バース海中において、潜水作業に従事した。先ず、深度約五メートルの海中で約五分間作業をした。右作業中の同日午前一一時二二分頃、作業道具を水深約三四メートルの海底に落下させた。水深約三四メートルの海底を上下しながら、右作業道具の捜索作業をし、約一五分経て本件空気残量計を見ると一二〇気圧を指示していた。力のいらない捜索だから空気消費量が少なくて済んだと思い、安心して捜索を続け、再び残量計を見ると矢張り一二〇気圧を指示していた。これなら殆ど空気を使用していないと安心して、更に捜索を続けた。しばらくして残量計を見ると、同じ一二〇気圧を指示していたので、異常を直感した。残量計を握り、浮上にかかり、一杯に吸ってみたが、その時には遅く、空気は十分に吸えなかった。目盛を見ながら浮上して行くと、途中で急に一〇〇気圧を指示したが、空気は十分に吸えず、苦しくなってきたので、浮上減圧をする余裕もなく、窒息死を避けるため同日午前一一時五八分頃浮上し、減圧症に罹患した(〈証拠略〉)。

右供述は、前示本件空気残量計の性状に関する客観的事実に符合するものであって、信用するに足りる。

4 右認定の原告の行動、本件空気残量計の性状及び原告の供述を総合すると、本件空気残量計は、水深三四メートルの水中で正常に作動しない設計上の欠陥があり、このため、本件空気残量計は水深約三四メートルの本件事故時に正常に作動しなかったこと、このため、原告は減圧症に罹患したと認定できる。そして、空気残量計は潜水者の安全な潜水を確保するための命綱ともいうべきものであり、仮にも空気残量計に、設計上の欠陥があったり、本来の作動をしないといった不都合があってはならないものであるから、被告が原告に対し、前示売買契約に基づき、本件空気残量計を交付したことは、売買契約の不完全履行を構成する。

したがって、被告は原告に対し、右不完全履行により、原告に生じた損害を賠償する責任を負担するものである。

三過失相殺

1  抗弁1(一)(1)(2)(3)(二)(2)

前示原告の行動、原告の供述及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。原告の本件事故時の潜水は当初浮上減圧を要しない水深五メートル程度の浅海での潜水であったのであり、水深三四メートルでの潜水は、作業道具を海底に落下させたことによる予定外の潜水であり、浮上減圧を要する深海での潜水であった。原告は、その際、水中時計及び水深計を携行していたが、圧縮空気タンクのリザーブバルブを使用可能な状態に作動させていなかったし、海面上の連絡員に告げずに一人で潜水を開始した。

ところで、当初の潜水計画が非浮上減圧潜水であったからといって、その後引続き必要となった要浮上減圧潜水の潜水時間が、当初の非浮上減圧潜水に予定していた潜水時間内とすべきであるとする根拠はない。また、水中時計及び水深計を用いて、圧縮空気タンク内の空気残量を算出することも可能である。しかし、空気残量計がその指針の指示によって瞬時に圧縮空気タンク内の空気残量を確認できる仕組になっているからには、潜水者としては水中における行動計画を立てやすく、潜水者が空気残量計に信頼をおくのも当然であって、当該潜水において水中時計及び水深計を用いて圧縮空気タンク内の空気残量を算出する作業を怠ったとしても、これをもって落度というには足りない。更に、潜水者に、空気残量計に、設計上の欠陥があったり、本来の作動をしないといった不都合があり得ることまで予定して、圧縮空気タンクのリザーブバルブを使用可能な状態に作動させておくことを期待するのは酷であって、これを怠ったことをもって、落度ということはできない。原告が練達の職業潜水士であることを勘案すると、その他の点も落度という程のものではない。

被告の抗弁1(一)(1)(2)(3)(二)(2)は採用しない。

2  抗弁1(二)(1)

前示のとおり、原告は、同日午前一一時頃から一一時〇七分頃まで、容量一四リットル一三五気圧の圧縮空気タンクを使用して、深度約五メートル海中で第二回目の潜水作業をし、更に同日午前一一時一七分頃から深度約五メートルの海中で約五分間潜水作業をしたのであるから、水深三四メートルの海底で潜水作業を開始した時には、圧縮空気タンク内の空気残量は既に相応の気圧になっていたはずである。原告は、引続き約三四メートルの海底で約一五分潜水作業をしたのであるから、空気残量計は明瞭な減少値を指示するはずであるのに、一二〇気圧を指示していたというのであるから、この時点で空気残量計の指示に疑いをもってしかるべきであるのに、原告は「空気消費量が少なくて済んだ」と思い、安心して作業を続け、再び残量計を見ると矢張り一二〇気圧を指示していたのであるから、一層空気残量計の指示に疑いをもってしかるべきであるのに、漫然と「これなら殆ど空気を使用していない」と安心して、更に作業を続け、しばらくして残量計を見ると、同じ一二〇気圧を指示していたので、ようやく「異常を直感した」というのである。原告が、早期に異常を発見していれば、浮上減圧の措置をとる余裕もあったと推認できるから、原告のため惜しみても余りあるところである。

もとより、潜水者の命綱ともいうべき空気残量計に、欠陥があったり、正常に作動しないなどということは、あってはならないことであるが、このことを考慮にいれても、原告が練達の職業潜水士であるだけに、右異常の発見遅滞は落度といわざるをえない。そこで、損害賠償額の算定にあたり、慰謝料の費目についてのみ、原告の右落度を斟酌するのが相当である。

3  抗弁1(三)

本件全証拠によっても、損害賠償額の算定にあたり、原告に再圧室の整備点検に関し、斟酌すべき落度があるとは認められない。

四損害(〈証拠略〉弁論の全趣旨)

1  傷害、治療経過、後遺障害

(一)  傷害、治療経過

原告は本件事故により減圧症(脊髄麻痺型)に罹患し、次の入院治療を受けた。

①九州労災病院

51.10.28〜53.4.29

②埼玉医科大学付属病院

53.10.11〜53.10.26

53.12.4〜53.12.19

54.4.16〜54.4.21

(二)  後遺障害

両下肢機能全廃(一級、54.4.21、症状固定)

2  入院諸雑費 七七万二七九四円

前示入院状況に照らし右入院諸雑費を要したと推認する。

3  入院付添費用 一〇七万五〇〇〇円

前示傷害の部位程度及び入院状況に照らし、原告は51.10.28〜52.5.31の二一五日間入院付添を要したと推認できる。原告は、右二一五日間、従業員庵地芳子らの付添を受け、日額五〇〇〇円の合計一〇七万五〇〇〇円を支出した。

4  逸失利益(請求原因4三四の損害)

原告(昭和一〇年八月四日生、事故時四一歳、高卒)は、本件事故前、潜水器具等の物品販売、潜水作業、潜水士講習等を職業とし、年収三五四万四八〇〇円(賃金センサス昭和五二年第一巻第一表、高卒男子40〜44歳の平均賃金、最高裁事務総局編民事裁判資料第一二六号二四頁)程度の収入を得ていたと推認できる。原告は、本件事故による治療を経たが、前示後遺障害に苦しみ、単独歩行が不能で、日常生活も介添を要し、助手を雇用して、潜水調査等を細々と営んでいる状況である。前示障害の部位程度、入院状況及び後遺障害の内容程度、右後遺障害が原告の職業にとって致命的であることを総合すると、本件事故による原告の逸失利益の損害は、右年収を基礎とし、51.10.28〜54.4.28までの三〇月は一〇〇%、54.4.29から二四年間(ホフマン係数15.5)は九〇%として算出するのが相当である。

よって、原告の逸失利益の損害は五八三一万一九六〇円となる。

5  慰謝料(請求原因4(五)(六)の損害)

前示本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、治療経過、後遺障害の程度、原告の前示落度、その他諸般の事情を総合すると原告の慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

6  未填補の損害

右損害の総額は七〇一五万九七五四円となるところ、原告が合計三九〇二万一二〇三円の損害の填補を受けたことは争いがないから、原告の未填補の損害は三一一三万八五五一円となる。

六弁護士費用の損害

本件訴訟の経過、難易度、認容額等から三〇〇万円が相当である。

七結び

よって、原告の本訴請求は合計三四一三万八五五一円及び弁護士費用を除く三一一三万八五五一円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一一月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宮良允通)

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